浦和地方裁判所 平成5年(行ウ)28号 判決 1994年8月08日
原告
中澤一郎(X)
右訴訟代理人弁護士
中田直介
同
石井憲二
被告
熊谷市長(Y)
小林一夫
右訴訟代理人弁護士
斉藤正義
右訴訟復代理人弁護士
安田孝一
右指定代理人
堀越満
同
根岸武
同
原口茂一
同
江利川正一
同
鯨井正美
同
高橋一夫
理由
一 まず、本件訴えの適否について判断する。
行政事件訴訟法第三条第五項に基づく不作為の違法確認の訴えは、法令に基づく申請に対し特定行政庁が何らかの処分又は採決をすべき義務があるにも拘らず相当の期間内にこれをしない場合に右不作為の違法の確認を求め得るものであるから、法令に基づく申請がない場合、即ち申請権に基づく申請がなく単に事実上の利益に基づく申請がなされたに止まるときは、これを前提とする不作為の違法確認の訴えは、不適法であるといわなければならない。
これを本件についてみると、建築基準法第九条の違反建築物の是正措置命令に関し、違反建築物の近隣居住者に是正措置命令を求める申請権を認めた明文の規定は存しない。そして建築基準法は、建築物の敷地、構造、設備及び用途に関する最低の基準を定め、国民の生命等の保護を図りもって公共の福祉の増進に資することを目的とするところ、同法第九条が特定行政庁に警察行政上の措置として、違反建築物について是正措置命令を発する権限を認めた趣旨は、同法の右目的を実効あらしめるため、即ち一般的利益のためであることは明らかであり、近隣居住者の権利・利益を直接保護することを目的としたものではないと解される。またおよそ是正措置命令を発するかどうか及びこれを発する場合の時期、内容につき裁量の基準を定めた規定はないから、是正措置命令は当該行政庁の自由裁量に属するものである。したがって、このような同条の趣旨及び是正措置命令の性質に照らすと、同条が近隣居住者に対し違法建築物に対する是正措置命令を求める申請権を与えたものと解することはできない。
なお、原告は、本訴は一種の無名抗告訴訟として認められるべきであると主張するけれども、原告が申請権を有しないにも拘らず無名抗告訴訟として不作為の違法確認の訴えを許容することは、不作為の違法確認の訴えの要件から単に法令に基づく申請がなされたとの点を除くに過ぎないから、このような訴えは、行政事件訴訟法第二条及び第三条に違背するものであって、無名抗告訴訟としても許されないとうべきである。
二 よって、本件訴えは不適法であるからこれを却下することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 大喜多啓光 裁判官 高橋祥子 岡口基一)